日本でも多くの支持者を集めるスズキ・ジムニー。ルックスはもちろん、本格的な四輪駆動システムとその走破性は見事。筆者の周りにも「ジムニスト」が多く、林道や川に突っ込まれて遊ばれている。そんなジムニーは一昔前まで「サムライ」という名前でアメリカ市場にも存在した。
「サムライ」の簡単な歴史

サムライは、スズキがアメリカで販売した最初の四輪車。その歴史は1968年、日本のホープ自動車が開発し、359ccの三菱エンジンを搭載した小型の軽自動車ON360の製造権をスズキが買い取ったとこから始まる。スズキはホープを買収し、ON360を開発して 1970 年の LJ10 (「ライトジープ」)、別名ジムニーを開発しました。
スズキは1981年に2代目ジムニーを発売し、1985年にはジムニーの1986年モデルとしてアメリカへの輸出を開始した。サムライとしてバッジを付けられたアメリカ版は、キャブレター付きの1.3 リッター 4気筒エンジンを搭載し、63 馬力を発生させた。
サムライはスズキの予想に反して大ヒットした。初年度に年間約14,000台のサムライを輸入する予定でだったが、結果的になんと47,000 台を販売した。1988年半ばまで、月に8,000のサムライが売れていたという。
スズキ ジムニーが米国で販売されていない理由

そんなサムライだが、1988 年にメディアを通してサムライの大きな横転リスクが話題になり、売り上げは落ち込んでしまった。
当時の安全基準は緩く、フロントエアバッグは 1998年まで義務付けられていなかった。ジムニーは重心が高く、高速横転の報告が増加し、訴訟に発展したケースもあった。
アメリカ・スズキが被った損害は、回復するには大きすぎた。彼らは1996年にメディア相手に訴訟を起こし、法廷外で解決され、2010年に取り下げられた。結局、数年後の2013年に、スズキは北米市場から完全に撤退した。そのため、アメリカの「ジムニスト」は第4世代のスズキ ジムニーを手に入れることができなかった。