【その毒蛇、危険につき】ダッジ・バイパーが”絶滅”した理由

バイパー コラム
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ダッジ・バイパーは、1989年にデトロイトで開催された北米国際オートショーで、コンセプトカーとして初めて発表され、1991年にデビューした。その年、インディ500でペースカーとしても活躍した。

クライスラーは当時、北米のマッスルカー市場で大きなシェアを得ていたゼネラルモーターズのシボレー・コルベットの対抗馬として、シェルビー・コブラのような車を作ろうとしていた。実際、開発スタッフに、そのコブラを造ったキャロル・シェルビーも関わっており、先述のインディ500のペースカーを運転したのもキャロル・シェルビー本人である。

”毒蛇”の共通点

2匹の蛇

共に毒蛇を意味するコブラとバイパー。両車にはコンパクトなボディーに大排気量エンジンを積んでいるという点に共通点があり、毒蛇のようにしなやかに、そして強烈なパワーを誇る。(初代バイパーのボディはわずか約1000kg)

また、バイパーは当初、8リットルV型10気筒、400馬力のオープンモデルであるRT/10のみがラインナップされたが、1995年に450hp馬力のクーペモデル、GTSが追加された。このオープンモデルを最初に発売してからクーペモデルを追加するのも両車の共通点。シェルビー・コブラもオープンモデルを発売してからシェルビー・デイトナと呼ばれるクーペモデルが発売された。

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最初のモデルと最後のモデル

バイパー
UnsplashRyan Gagnonが撮影した写真

初代の2シーターロードスターにはマッスルカー愛好家に好まれる6速トランスミッションが装備されていた。しかし、エアコン、アンチロック ブレーキ、トラクション コントロール、エアバッグなどが装備されていなかった。また、ハードルーフ、外部ドアハンドル、またはガラスのサイドウィンドウは付いていなかった。これは間違いなく、スピードのために作られた乗り物と言っても過言ではないだろう。

それでも、バイパーは長年にわたって”脱皮”を繰り替えしてきた。1991年の販売開始から、2017年の販売終了までに3世代にわたるモデルチェンジが行われ、エンジンや、標準装備などにアップグレードが施された。 最終世代は、自然吸気、645馬力の8.4 リッター V10を搭載し、0-100km加速は3.5秒、最高速度は331km/hにまで達した。

バイパーが生産終了になった理由

バイパー

速く、騒々しく、絶賛されたこのマッスルカーに対する需要は一貫して高かった。しかし、需要が常に高い購入数につながるとは限らず、生産が不安定になることもあった。販売不振のため 、2007年、2011年、2012年に新型バイパーは製造されず、2016年に販売されたのはわずか630台だった。

2017年、米国連邦自動車安全基準が新たに設けられた。”毒蛇”が”安全”なはずもなく(言い過ぎかもしれないが)サイドカーテンエアバッグに関する新しい安全基準に対応できないなどの理由から、フィアット クライスラー (FCA) はバイパーの販売終了を決定し、同年8月にミシガン州のコナー組立工場を閉鎖した。

ダッジは既に2023年モデルを持ってダッジ・チャレンジャーの生産終了を発表している。ゆえにバイパーの復活の可能性は限りなく低いが、どんな形であれ、この毒蛇が復活するのであれば、是非その”猛毒”を味わってみたいものだ。

この記事を書いた人

1999年 東京生まれ。幼少期を自動車大国アメリカで過ごし、車に興味を持つ。レンタカー屋やBMW正規ディーラーを経て都内高級中古車ディーラーに勤務。愛車はGR スープラ RZ。

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